すぴへの態度
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スピリッチュアルについては、「本人が死ななきゃわからない」だと思います。
ハイヤーセルフのところで、ちょっと覚めた視点からの評価をしているので、ここでは、逆に 擁護の視点で評価してみます。
スピリッチュアルといいますと、神様、霊、霊界、霊能力、占い、天使、妖精、超能力とかあり、 現世に寄っているほうに
気、宇宙、古代文化などがあり、分野がちょっと違うのではというところに宇宙人、時空間とかがあります。まあ、簡単に言うと、その系の雑誌や、その系の出版物を出しているところのスペック
やら目次そのままをひっくるめてスピリッチュアルとしているので、そういう話をすると、その系の雑誌の大御所「ムー」的と
言われ、距離を置かれるか、あるいは、乗ってくるかのどちらかという感じがあります。
昔、『OH!GOD』という映画がありました。それは、現代に神様が現れるという映画なのですが、まったく「神は死んだ」と眉間にしわを寄せて
論じたニーチェが見たら苦笑というような、語り口がふざけていて、されど本質が深い映画でした。
なにしろ、神様は玄関から尋ねてくるのですが、「わしが神じゃよ」と言いながら、野球帽にスタジアムジャンパーといういでたちで現れるのです。
コメディなので、おかしくことは進むのですが、当時より少しさかのぼる時期に『エクソシスト』という映画があり、
その話が、『OH!GOD』の中でも出てきていました。
『エクソシスト』は悪魔にとりつかれた少女の実話をベースに作られた映画で、口から緑色の液体をまきちらしたりする映画で、日本国中のひとが
怖いもの見たさにおしかけた映画です。この緑色の液体が、実はグリンピースのスープを特撮に使ったことが後日談でひろまり、その
『OH!GOD』の中で、こう語られます。
「人間は神を信じなくなった。少女がグリンピースのスープを吐くだけで悪魔を信じるのに、神はいないと言う」。
(そのあとに、いいものはひろがっていくんだよというメッセージを、ジョニーアップルシードというりんごの種になぞらえて話すのですがそれは 映画をビデオでも見てください)
たしかに、僕たちは、幽霊の存在には敏感です。暗い夜道とか、墓場とか、死体とか、はねられた猫とかを、見た目だけでなくなんとなくぞわっという感覚で
いやがります。ところが、そういうマイナスなものは信じるのに、なぜプラスなものは信じないのかです。
ハイヤーセルフは、もしかすると、理性のつかさどる左脳に対して、直感的な右脳の働きを、出してきただけの現象かもしれませんが、
悪い霊的なものを怖がるくらい そうしたよきものを受け入れてたほうがバランスがとれるのではと思います。
ただ。まったくそうしたものを日本人が信じていないかどうかというと、
葬式をやっぱりするし、
手を合わせるから、
それなりに、なにかを感じてはいると思います。
光についても、どんなに邪悪な考えをもっていようと、
人間の身体は細胞レベルで、やっぱり生きようとしている。
だから、本質は 光なのだろうし、
やっぱり、まったくそういうスピリッチュアルなものを
100%否定して、
自分は死んだら、ごみとして燃やしていいよとは
思わないと思います。
「前世療法」でハイヤーセルフから出る言葉は別に科学的ではありません。
ただ、「前世療法」のベースとなる輪廻転生がどんなに非科学的で、たとえうそであろうと、
救われるひとがいるというのは、科学です。
■科学とスピリッチュアル
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ハイヤーセルフからのメッセージ:輪廻転生を否定すると理由が弱くなる
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メッセージ自体は
格言集や
ことわざのような
陳腐な内容なのですが、
神のような、生死を越えた存在が発した言葉であることが
前提となると、まったくとらえかたが変化します。